爪を立てるなと何度言えば【ストッキング】

シーナちゃんが生足サンダルでなくなる瞬間が一年で最も物寂しい、と言ったお客さん(素足マニア)がいました。風流とは花鳥風月脚、の5つだそうです。ストッキングやタイツやソックスの脚を見るのは玄関に転がっている蝉の死骸と同じくらい、夏の終わりの絶望を突きつけられるのだそうです。わたしの下半身に自然のわびさび、もののあはれを感じてくれても別にかまわないのですが、その例えはやめろと思った。

学園系イメクラを辞めてOL、秘書系の店に移籍するとき、あ、ストッキング買わなきゃいけなくなるのか……と思ってけっこうめんどくさかった。
制服ある店でも、ストッキングは下着扱いで自前のことのほうが多いです。支給してくれる良心的なお店もあったけど、支給してもらえるだけあってとことん安物だったのか「息してるだけで伝線する」レベル、驚異のもろさだったので結局女の子たちみんな自分で用意していました。ティッシュみたいに破れたぞい。

基本プレイに「ストッキング破り」あったからそれでか?と思ったんだけど(ジャーッと派手に破れないと困るから)、そのわりに1日1足、最悪2足までって言われてたんだよな。おかしい。

ストッキングに求めることってけっこう多いです。肌をきれいに見せてほしいし、チクチクしないでほしいし、履く時の感触はスルッとスムーズであってほしいし、伝線しないで長持ちしてほしいし。
ストッキングって、わりとお金を出した分は裏切らないって印象をわたしは持ってて、そしてお高めのものは本当に素敵だし履いていても幸せなのだけど、でも仕事用のものにそこまでかけられません。
だって1本目についたお客さんがガシガシひっかいて(本人は脱がせているつもり)、あっという間に全くダメにされる、ってこともありえる。下着や服はそれなりの触れ方をしてくれるのになぜかストッキングはすごい雑に扱う人とかいるし。なんなんだ、どういう心理なんだあれは。
そんな時、「テルミーテルミーテルミードゥー……今後の人生において買ったコーヒーすべてマックスコーヒーと入れ替わりたまえ…もちろん上司に頼まれたものもだ……」[*1]いまだにマドモアゼル★ゆみこを脳内に住まわせ、パクって呪っています。と背中に向かって呪うくらいで水に流せるかっていうとそこまで心広くない。知らない仲じゃないならさておき、一見のお客さんが触るストッキングにお金なんかかけたくない。季節さえなければずっと裸足でいたい。だってあいつら絶対指先のすみっこにたまった角質が引っかかるんだもん、「ピチチ」みたいな音するだけで若干いらつくもん。その程度の女だよおいら。なんとでも言ってくれや。

かといって10足セットで990円、みたいなのだと予備を多めに持ち歩かないと不安だし、すべての客が丁寧で無事という奇跡が起こったとしても帰るころにはヒザの裏と足首にモチュモチュとシワがよっている……ってことになっちゃうんだな。

わたしが実際に仕事で履いているのは、今はほとんどガーターフリーのセパレートタイプです。
お客さんに脚の好きな人が多いので、イスとかベッドに座って、跪いたお客さんにストッキングを脱がせてもらう、っていうお遊びをすることがあるんですが、そういうときは断然片足ずつの方がロマンティックだと思うんだ。手指にささくれなんてあればもちろん最悪、切りかたが雑な爪や固くなった角質でも伝線の引き金になりうる、という当たり前のことさえ知られていない[*2]伝線、という言葉も事象そのものも知らない人もけっこういる。ので、手指のお手入れの仕方から教えてあげる必要があり世話が焼けます。でも、お世話をしあうのって楽しいですよね(大丈夫なお客さんに限るが…)。

セパレート、好き嫌いがあると思うので誰にでもお勧めはできないけど、いやじゃなければ便利だよ。装飾の多いショーツも履けるのが最高によいです。落ちちゃうから嫌いって人が多いみたいだけど、足先から太ももまで伸ばす力を均一にするとずり落ちにくくなる気がします……が、どうやってもズルズルすべり落ちるやつも確かにある。はいて7歩でルーズソックス状態になるやつ、ある。

セパレートストッキングはくんだったら普通にガーターつけたらよくない? とは思うんだけど、自称清楚好みのお客さんにまるっきり全ッ然ウケないので、全員つける店以外ではあまりつけたことありません。でも、ガーターベルトを「プロっぽくてちょっと…」とか言って嫌がる人もストッパー部分がレースになってるセパレートはなぜか「かわいい」って言ったりするんだよね。なんなんだよ!(机をバン)
ガーターベルト、という記号が示す手練手管感みたいなものがいやなんですかね。自分より経験値が高い女はムリだとか言う人いるけど、プロにお金払う場所でもそれ言うってすごいよね。

記号のイメージって強くて、簡単には動かないものだと思うので、お客さんたちが漠然と持ってる先入観を、その正誤も虚実もとりあえず置いといて乗っかっておくしかないこと、ストッキングに限らず多くてやれやれって思います。[*3]ダークブラウンの髪の女の子に向かって「キミは黒髪でエラいね、やっぱりオトコは黒髪が好きだからね〜♡」とホメるキモおじさん後を絶たない問題。
個人どうしの関係が深まると、なにかの拍子にあっけなく消えてなくなったりするんだろうな。本人も気づかないうちに。

脱いだストッキング、わたしは洋服の上や横にたたんで置かず、丸めてさりげなく隠しています。
やばい客が「ねえねえ、縛ってもいい?」と言ってきたことがあるので……。たぶん、ふと目に入って軽い気持ちで思いついちゃったんでしょうね。「店の規則には『道具の持ち込み禁止』としか書いていない、だからこれはルール違反じゃない!」とゴネられて、すっっっっごく嫌でした。そいつのちほど無事出禁になったよ。
もちろん断ればいいんだけど。でもその場に生まれる(なんだよケチ、減るもんじゃ無し)VS(なんなのこの人やばい奴じゃん)という一瞬の空気によってもたらされるデメリットをこちらがまるごと被ることになるのがめんどくさい。
そりゃあいくら気をつけても、どうしても縛りたい客は力づくで自分のネクタイで縛ってくるでしょう。でも、だからすべての用心が無駄、ということではなくて、『ふと魔が差した』みたいなものについては防げるものなら防げるに越したことないね、少しでも安心な気持ちで働きたいね、っていう感じ。
女の子にできることが『きっかけとなる物を手の届くところから離す』くらいしかないのがもどかしいけど、「こんな細かいところまで気をつけるとか私って万全じゃん」と自己満足するのは、悪くないおまじないだと思います。何の話だったっけこれ。

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References
1いまだにマドモアゼル★ゆみこを脳内に住まわせ、パクって呪っています。
2伝線、という言葉も事象そのものも知らない人もけっこういる。
3ダークブラウンの髪の女の子に向かって「キミは黒髪でエラいね、やっぱりオトコは黒髪が好きだからね〜♡」とホメるキモおじさん後を絶たない問題。
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