(この記事は2016年に書かれたものをリライトしたものです。)
12月も下旬ですね。風の人の谷で働くみなさん、お元気ですか。お元気ですかっつうか、無事ですか。
12月っていちおうの繁忙期とか言うけど(昔はすごかったって言うよね〜)マナーを知らない(知ってても守る気ない)客が増えてしまう魔の季節じゃないですか。デリヘルってデリバティブヘルの略なんですかね。そうとしか思えないときがありますよね。そう考えるとシティ○ヴンってつくづく罪深い名前ですね。ヘヴンだと思ったか? ここはヘルだ。それが真実だ。ヘルなのに微笑みながら働く年の瀬の俺たち全員神様から100万円振り込まれてもよくないですかね。あーめんどくさい。
そう、イソジン。きょうはイソジンの話。渋谷新宿池袋、箱ヘルイメクラデリバリー、どの店に勤めていたときもそこにはイソジンがありました。いまはもうヨード系の茶色いのじゃないうがい薬にしてるお店も多いけど、ひと昔前はイソジン系が多数派。だから生まれ育った村を出るときに持たされる、初期装備アイテムのような存在でした。やくそう、せいすい、いそじん、ぐりんす。
カバくんのイラストがついた純正品ってそんなになくて、ジェネリックらしきよく似た別モノ(味わいの違いで気づきがち)をスタッフが小さなボトルに詰め替えてくれたもの(キャップが劣化すると漏れ出して惨事を生みがち)だったりもするけど、それでも全員「イソジン」と呼んでいた。この世の茶色いうがい薬はみなイソジンなのです。最初にイソジン系じゃない透明なうがい薬のお店にあたったとき「え、文明〜!」みたいな気持ちになりました。ごめん、イソジン。
そのイソジンがちょっと前にちまたで話題になっており、なにごとかと思ったら「イソジン」ブランドを明治が手放す、というニュース[*1]イソジン®製品に関するムンディファーマへの製造販売承認移管のお知らせ(Meiji Seika ファルマプレスリリース)でした。
へえ。
それに伴って「イソジンは実は風邪の予防には効果がない?」といった議論が盛り上がっていて、お医者さんが書かれた記事[*2]無意味なヨード系うがい薬 – 野口内科 BLOG が多くリツイートされているのを見ました。そうしたらもう、いろいろとよみがえる思い出があり、大変たいへん感情を刺激されるところがありましたので喋りたくなったのであるよ。聞いておくれよ。
あのね。知ってた。
イソジンの効果がどれほどのものなのかっていうのはわりと早くから気になってて、それが期待していた(もしくは店の人が安心しろと言ってきた)ほどには高くないんじゃないかって気持ちもぼやっと持っていて、いつの頃からか知ってました。
たぶん京都大学の研究[*3]健康コラム | 京都大学環境安全保健機構 健康管理部門/健康科学センターが有名で、それがたしか2000年代の半ばに世に出たものだったと思うんです。その研究結果に行き当たって、えー、ああ、そっか、やっぱそうなんだ……ってがっかりしたときの気持ちは覚えています。そして「細胞を傷つけるおそれ」というくだりを読んで以来、この世にゃなんの慈悲もねえですな!と思いながら薄めに作るようになったよ。
でね、本題です。
時々いませんか? それを根拠に、イソジンでのうがいを拒否する客。
「知ってる?これって百害あって一利なしなんだよ? 科学的エビデンスは皆無なんだよね〜。ま、キミなんかは知らないだろうし説明してもわかんないだろうけど、ボクはご免だからそーゆーことで」と鼻で笑うやつ。わたしは何人か遭遇したことがあります。思い出してもため息が出るね!今からでも口をこじ開けてイソジンの原液をだばだば流し込んでバケツの水ぶち込んであげたい。
できればしたくないな、と思う人はいるだろうなってわかります。決しておいしいものじゃないし、歯の着色汚れも気になりますよね(とは言ってみたものの、普通に歯きったない人めちゃくちゃいるからそんなこと考えてなさそう)。いかにも風俗店、って感じがしていたたまれなくなる、って人もきっといると思う。でも!!目を開けてよく見ろ、ここは風俗店だ。だからルールがあるというのに。
わたしの今いる店は、シャワーの拒否(これもめちゃくちゃ多いよね滅びてほしい今すぐに)とうがいの拒否は、暴力や盗撮や引き抜きと同じ禁止事項に指定されていて「サービスを中断して退室させていただきます」って明記してあるんだけど、あれお客さんたちは読んでいるのかいないのか、まあ……効力ないです。読んでないし、たとえ読んでても全部スルー。
(身体の事情でヨードを避ける必要のある場合もあると思うけど、それはまた別の話だし個別に相談してほしい)(普通に持参してくれればそれ使ってあげるし)
イソジンの予防効果に期待していないわたしでも、店としてイソジンが支給されている店では、お客さんには使ってもらいたいです。理由の1つ目は臭いから。臭いんだもん。お客さんの9割はお口が臭うから。
においがある、ということはもう、仕方のないことです、動物だもの。ぼくらはみんな生きているんだもの。
でも、生きているゆえの生き物のニオイ、を超えているものがとても多い。タバコやアルコールやにんにくのようなものだけでなく、温かい生ゴミのような臭い、あれなんなんだろ、虫歯や進行してしまった歯周病からくる臭いなのかな?
アセトンのような刺激臭の人もいてびっくりしたこともあります(鼻から空気を吸わないように頑張っても、目の粘膜にもピリピリきて異常を察知してた。下水道に昔ながらのきつい除光液を流したらきっとあんな臭いになると思う)。
正直イソジンだって他のうがい薬だって、身体そのものや食べ物からくる軽めの臭いをほんのちょっとごまかしてくれるだけだし、それ以上の強い口臭に劇的な効果なんてない。つまりまやかし、気休めです。でも、ないよりはずっとまし。気休めでいいんだ、気休めがほしいんだ。
一緒に歯磨きするってお店もあると思うんだけど、わたしはできれば歯みがきしたくない派です。
歯を磨いた直後は粘膜が傷だらけだっていうし、それどころかそっと横目で見ていると紅に染まった歯ブラシを慌てて水で流したりしてる人いるから。最悪。血液の前では誰もみな無力な生体だというのに。
たまに「臭ったら失礼だからね!」とわざわざ自慢たっぷりにアピールしてから目の前で歯を磨いてくださりやがるお方がいらっしゃりやがりますが、生ゴミをお鍋で加熱したような臭いを放出する口から恩着せがましい宣言を発するとともにガシュガシュと歯を磨き口をすすいだその時、食べかすの混ざった真っ赤な汁が洗面台にブウェァと吐き出された、その光景を目撃したわたくしの気持ちをご想像いただけますでしょうか(そして相変わらず口は臭いまま)。いかがですか、無料のホラー映画体験ですね。お得でしたね[*4]わたしの友人が、怖い夢を見てしまったお子さんに「ホラー映画の日だったんだね」と言ってなぐさめてあげていたことがあって、素敵だなと思ったのでした。。思い出すだけで怖すぎて言葉が丁寧になったわ。だから、そういうルールじゃないお店ではこちらから歯みがきはさせてないです。臭いのはそりゃ嫌だよ、泣きたいくらい嫌だけど、でも臭さで移る病気はないので。血液で感染するものの方が怖い。
リステリンの方がよいのでは、と思ったこともありました。
しかし「かすかなメントールの香りと隠しきれない何かとの地獄のコラボ」にしかならないことの方が多い。水ですすがずにリステリンしっぱなしなら少しはマシなのかな? でも丁寧に口をすすいでもらってさらに唇の周りも拭き取ってあげないと、あとでデリケートな部分の粘膜を舐められたときにヘルを見る(略してデリヘル)のは自分だからね……あれは泣く。
というわけで、低コスト(なんといっても支給されるから…まあ元をたどれば雑費とか払ってるけど)でそれなりの効果が得られるイソジンを上回る方法はいまのところ見つかっていません。早急な開発が待たれる。
業界に入ったばっかりの頃は、イソジンを差し出してあからさまに嫌そうな顔をされるとひるんでたけど、あっという間になにも感じなくなりました。拒否りそうだなーと思ったら口移ししてる。思わせぶりな表情で相手の目を見つめたままそっと首に手を回し小首をかしげて瞳を潤ませ、そして口移しのあとはもう一拍だけ目を見て、そのあとわるい秘密を共有したかのようにかわいく笑ってあげる……みたいなやつやってる人きっと100万人いるよね。全員主演女優賞です。まじでえらい。
気弱な素人新人だったら「こういうものなんだよ」でどうにかしてや〜ろうっと♪ と夢見ている系のアホな客を「あたしそれなりにスレてますんで♡(あんたが悪さしなきゃちゃんとサービスするんだから、大人しくマナーを守れ)」と穏便にけん制できる利点もある気がする。
理由2つ目。まじめな話すると、店を通じてわたしのサービスを買う。ということは、わたしが所属する店のルールに乗っかる、ということだと思うんですよ。
店の名前を冠した電話番号にかけて、この店の中だけで通じるわたしの名前を呼んで指名したんでしょ? だったら、あらかじめ店が示している簡単なルールには従うのが筋なんじゃないんですかね?
たかがうがいでルールだなんて、じゃないんだよ。だって一事が万事なんだもん。ルールしかないでしょ、わたしたちを守ってくれるものなんて。いや、守られています! って堂々と言えるような安心感は残念ながら全然ないけれど、それでも店のルールに頼るしかないじゃない。そのか細いロープのために、お客さんが払ってくれた金額の半分近くをお店に渡しているわけですよ。
最初のお約束を守ってね、乱暴しないでね、お金や物を盗まないでね、清潔にしてね、写真撮らないでね、痛いと言ったら止めてね、私生活を邪魔しないでね。
ぜんぶぜんぶ本当は当たり前のことです。これらは必ずしもキャストからお客様への要求なだけではなくて、双方が守るべきこと。ふたりの人間が一緒にいるために、お互いに当たり前のことばかり。だけどわざわざ言葉にして掲示して「守らない場合はサービスを中止して退室します」「悪質な場合は警察を呼びますよ」と言ってある。そのルールの下で、わたしたちは働いています。
そ〜れ〜を〜さ〜! いま来たばかりの自分のさじ加減ひとつで、気分次第の言葉ひとつでなくしてしまえる、言いなりにできると思って疑わないのはなんでなんだよ。
その「だって俺は客だよ?」という無邪気な傲慢さに触れると、つくづくあきれます。おまえ以外も全員客なのにむやみに優勝するな。
「決まりなのは知ってる。でもいいでしょ」という人はますますタチが悪い(という言葉を使うたびに「あっ性的能力の話ではなく」と言いそうになる)。
「ダメなのは知ってるよ、でも俺だったらいいでしょ?」「俺のこと好きじゃないの?」とかそういうやつ。
店のシステムを利用して出会っておきながら、個人対個人の愛やら情やら信頼の話にすり替えてあたかもこちらの冷たさや至らなさのように言うのって、めちゃくちゃにずるいですよね。個人的な信頼関係が、何もしなくても自分だけには丁寧に差し出されると信じるのはあまりに幼い態度です。
店の存在を忘れたいこともあるかもしれない。店のルールの中には、面白くないものもあるかもしれない。でも、だめです。「こっちは客だから」という理由でルールを無効にはできない。
でも無効にできて当然のような言動は頻繁にあり、わたしたちの気力をじわりじわりと奪います。だって、それは「おまえを生かすも殺すもこちらの機嫌次第です」という態度の宣言だから。圧倒的体格差と密室の中で行われるそれは、緩やかな暴力といえる思う(これがちょっとエスカレートすると「あんまり俺を怒らせない方がいいよ」とかいうやつで、こうなったらもう立派な脅迫だよね)。
暴力だなんて、そんな極端なやべえやつと一緒にしないでほしい、と思うのかもしれない、あの人たちは。だけどその「極端でやべえやつ」も、初めのサインはこういう言動だったりするんだよ、そういう経験をわたしたちは経てきている。怯えるな嫌うな身構えるな、というのは無理な話です。求め過ぎです。顔に出さないでいるだけで十分がんばってるし、客を立ててる、って言えると思うよ。それすらかわして楽しませるのがプロなんじゃないか、イラッとくる時点で自分はだめなんじゃないか、なんて思わなくていいはず。
客を名乗るなら、客という立場の持つ権力を忘れずに正しく使ってほしいものです。それがそのまま、お客さんの楽しさや充足につながっているのだから。客である、とはそういうことだと思う。それ以上に何が欲しいっていうのさ……と思うけど、いろいろあるんだろうな、優越感とかね。でもだめです。風俗屋さんは優越感屋さんじゃないから。
図々しさって、とても強いですよね。心の耳を力一杯ふさいで気を強く持たないと、屈してしまいそうになる。どうかこれを読んでいる人が、図々しさや傲慢や無邪気や勢いや狡猾さや大人の幼さに、できる限り傷つけられませんように。できれば「そうはさせねぇぞ」という気力を保って、図々しいやつらを返り討ちにできますように。
そんで安全にいっぱい稼げますように!
うがい薬の話は続きがあるよ。
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